子供から教えられた「人が死ぬ」ということ


先日、祖母を亡くした。大好きな祖母だった。
享年 93 歳、大往生とは言え、やはりとても悲しかった。

そして、3歳の子供には難しいかもしれないと思いつつ、祖母が亡くなった旨を伝えた。

「明日、ひいおばあちゃんに最後のさよならをしにいくよ」
と言うと、

「もうひいおばあちゃんには会えないの?ひいおばあちゃん、どこに行くの?」
と聞いてくる。

そして私が、
「ひいおばあちゃんは、心の中に行ったんだよ」
と言うと、

「じゃあ心の中でいつでも会えるね」
と答えてくれた。

子供のこういう澄み切った答えと言うのは、とても慰められるものだ。
私は、本当に悲しかったけれど、この答えを聞いて泣かずに済んだ。

しかし、涙と言うのは流すときに流しておくべきものだと後で知る。

葬儀が終わり数日立つと、私は徐々にイライラとし始めた。

そして主人にも、
忙しいのは誰のせい?
あなたの洗濯物でいっぱいなんだけど。
ちょっとくらい手伝ってよ。

いつもなら何てこと無いことでも気になり、イライラとした言葉をぶつけた。

そんな日々が数日続いた時である。
子供が急に抱きついてきたのだ。

そして、
「ママは、ひいおばあちゃんが死んじゃって悲しいんだね」
と言って抱きしめてくれた。

そのとき、固まっていた心が溶けるのが分かった。

ああ、そうだったんだ。
だから私はイライラしてたんだ。

とても悲しい出来事があったのに、忙しい日々におわれ、祖母のことをきちんと思い出すこともできなくて、そんな自分にイラついていたのだ。

自分の時間がない。
だから悲しむことも出来ない。
そしてその忙しさの原因を探して、主人にぶつけたりしていたのだ。

そう思ったとき、祖母が死んで初めて泣いた。

たった3歳の子にも分かることがある。
たった3歳だから、分かることもある。

たった3歳の子供だけど、息子には私の悲しみが分かったのだ。

毎日ずっと一緒にいるから。

ずっと私のことをちゃんと見ていてくれているから。

そして、心から申し訳ないと思った。

「ごめんね、イライラしてばっかりで」

そう謝ると、子供はにっこり笑ってよしよししてくれた。

いつも私がしているように。

それ以来、子供は時々、ひいおばあちゃんの話をしてくれる。

「ひいおばあちゃん、お腹空いたかな?」
「心の中でご飯食べてる?」

たった数回しかあったことのないひいおばあちゃんのことを彼がちゃんと認識しているかは分からない。

でも彼が、私の心に寄り添い、ひいおばあちゃんを大切に思っていてくれていることは分かる。

ありがとう。

おばあちゃん、あなたのひ孫はとても良い子です。

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