2歳の息子に心からごめんなさい

子供

悪いことをしたら「ごめんなさい」

私は、2歳の男の子を育てているママです。

息子は言葉の理解も発達も、どちらかというと早い方で、「ありがとう」「ごめんなさい」などの言葉を適宜使い分けて、お友だちや地域の方、お店の方などにもきちんと言えていました。

私は、息子が生まれた時から、「きちんとお礼や謝罪のできる、マナーのある子・褒められる子に育ってほしい」という願いをもっていました。

家庭内でも、母と子の関係の中でも、まだ言葉が未熟な頃から、その思いはは何度も伝えて、自分も息子に(おもちゃを踏んでしまった時などには)きちんと「ごめんなさい」と言うように心がけてきました。

悪いことをしてしまったら、悪気がなくても「ごめんなさい」。おかげで息子は、保育園でも「1歳児(クラス)さんでこんなにきちんと謝れるのはすごいですよ」と褒めてもらい、私はそんな息子をほこりに思っていました。

ビクビクしながら「ごめんなさい」をする息子

しかし、2歳児は、日々情緒面の発達も著しく、まだ言葉では十分に表せないものの、人を見て、いろいろなことを考えられるようになってくるのですね。息子のイヤイヤ期がはじまりました。

着替えもイヤ、トイレトレーニングもイヤ、お散歩中も気に入らないことがあるとその場に寝転んだり…。私自身もイライラしていました。しかし、イヤイヤ期は成長の証だし、ずっと続くわけではないので、できるだけ、「お着替えしようね」「じゃぁトイレは明日にしようか」など、優しい言葉を選ぶようには努力しているつもりでした。

わざとおもちゃを投げた息子に、「おもちゃさん痛いね。ごめんなさいは?」嫌いだからと手で握りつぶした野菜に「野菜さん可哀想。ごめんなさいは?」いつの間にか、口調は優しいものの、このような問いかけばかりしていたように思います。

イヤイヤ期特有の言動も、日々エスカレートしてきました。知恵のついてきた息子は、「ごめんなさーい」などとふざけて言いながらおもちゃを投げたり、子育て広場などでも「ごめんねー」と軽く言いながらお友だちのおもちゃを取ってしまったり…。

そんな息子を、外に連れて行くのが(迷惑をかけてしまうので)イヤで、私は息子と2人の時間は家から出ない生活を選ぶようになってしまいました。

「ごめんなさい」は言えば良いものじゃない。「ごめんなさーい」と乱暴を同時進行するなんて、息子は何もわかっていない。そんな悪知恵がはたらくくらいなら、2歳児と言えども本気でしつけなければいけない。

私が今まで甘すぎたからだ…。

いつしか、私はこんな思いにつぶされそうになっていました。

そして、また2人で家にこもり、私が料理をしていた時のことです。

息子はいつものペースで、「ゴメンなさーい」と言いながら、台所の引き出しを勝手に開けていくのです

何度も「危ないものが入っているからダメ」「ママがお料理しているときはここ(おもちゃのあるカーペットのスペース)で待っていてね」と伝え続け、息子もそれをわかっているものだと思っていました。

いいかげんにしなさい!!!!!!いっつもいっつもママを困らせないで!!!!!!

ついに私は限界が来て、大きな声で息子に怒ってしまいました。すると、息子は一瞬かたまり、そっと引き出しをしめ、タタタっと私から一定の距離を取るように離れ、こちらを向き…。ひきつった顔は次第にくちゃくちゃになっていき、涙が出るより先に嗚咽が漏れ、「う…うわぁぁ…ママ…ごめんなさーい!!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」と大泣きをし始めてしまいました。

これまで見たことないくらい、肩と言うか全身がビクビクと震え、鼻水もよだれも手でぬぐおうともせず、ひたすらに泣き続けました。そして、「ママ、〇〇(自分の名前)きらい?ごめんなさい、ごめんなさい…うわぁぁぁぁ」。

私もびっくりしてしばらく時が止まったように感じました。気づいた時には、調理中の鍋の火も切らずに、息子のもとへ駆け寄り抱きしめていました。

自分の理想像を押し付けてしまっていた母

私は気づきました。「ごめんなさい」を言える息子が褒められた時に嬉しかったのは、息子が相手の立場を思いやって謝ることができる優しい子に育っていたからなんかではない。

「ごめんなさい」をきちんと言える子どもに育てた自分が、自分の子育てが褒められた、と勘違いをしていたからだ…。

まだ相手の気持ちを考えることまでは難しいとわかっている2歳児に、とりあえず「ごめんなさい」を口にすることを習慣づけ、うまく言えなかった時にはこちらから催促してでも言わせ、そんな理由でも「ごめんなさいと言えた」ということだけに成果を感じていた勘違いの子育て。

大事なのは子どもの自然な成長か、自分の理想像(きちんと謝罪のできる子どもになってほしい)か、と問われたら、間違いなく私は後者を重視していました…。

言い訳にはなってしまうけれど、母親には母親の建前があり、母親がいくらがんばっても、子どもが最低限のあいさつもできないような感じだと、ママ友たちから嫌われてしまうのではないか…と勝手な思い込みや焦りがありました。

しかし、息子はまだ2歳です。厳しく言い始めた頃には、まだおっぱいを卒業して間もない1歳…反省しても反省しきれない…。

息子に、心から謝りました。まだ、到底わからないだろうけれど、怖い思いをさせてしまったこと、イヤイヤをした際に息子の言い分も聞かずに謝罪を強要していたこと、勝手な理想像を押し付けてしまっていたこと。そして、どんなあなたでも大好きだということ、ママの方があなたにごめんなさいをたくさん言わなくてはいけないこと…。

今では、息子は時々保育園でもお友だちと物の取り合いをしては謝れないこともあるようです。しかし、「〇〇、車で遊びたかった」など、きちんと自分の言葉で感情で先生に伝えたり泣いたりができているようです。

迎えに行った際そのおもちゃを持っていて、先生からその出来事をきいた私も「そっか…」と息子の頭をポンポンとしている(帰り際に私がお友だちに謝ろう…と思っている)と、息子は私と先生とお友だちの顔を交互に見ながら、「つかって、いいよ。どーぞ、さっき、ごめんね」と自ら、精いっぱい考えた言葉を並べ、その中に、自然と謝罪の言葉も混ざっていました。

母の役割を考えたできごとでした

ママと子供

子育てをしていると、どうしても「このように育ってほしい」という気持ちが先行してしまうのは、多くのママたちに当てはまることだと思います。目標を持って子育てをすること、自分の子どもに理想を抱くことは、必ずしも悪いとは思いません。自分のことも含めて…。

しかし、子どもは自然に成長しています。生きる力をつけていっています。母の役割は、それを見守り、反れていった時は高圧的に正しい言動を教え込むことではなく、いつでも子どもに寄り添いながら共感をして気持ちを落ち着かせてあげることなのではないかと思います。

そして、一人で抱え込まず、パパ、おじいちゃんおばあちゃん、保育園の先生、子育ての相談窓口、インターネットのママ向けサイト等々、誰かに打ち明けママ自身の窮地にもSOSを出すことだと思います。

可愛い我が子の自然な成長を、温かい目で一番近くで見守ることができる母の特権を、時に悩むこともありますが、心穏やかに楽しんで見守っていくことが、きっと親子朋の心の安定につながっていくんだろうなと強く感じました。いつかできるようになる、小学生になってまだできなかったら、その時また考えよう…。そんな感じで、のびのび子育てを楽しんでいきたいと思います。

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