夕飯はパンひとつ、けれどママは仕事に行きます

私は、看護師をしています。そのため、子供をひとりにして夜勤に行くこともありました。

小さい時には夜間保育園に預けて夜勤に行っていました。ところが子供は夜間保育園を嫌がるようになり、5歳からはひとりで留守番をするようになりました。

自宅でひとりで食事をして、その食事といってもパンひとつです。その食事を決して良いと思っていませんでしたが、私としてはその時には、精一杯のこととして行ったつもりです。

しかし、今から考えると、ひどい母親だったと思っています。食事のあとは、自分でしたくをして学校に行っていたようでした。

学校の行事にもなかなか参加できない

学校の行事も参加することができないことが多かったです。

ある参観日では、親子で参加することになっていて、家族が来てくれているお友達の中、息子だけが先生のお母さん役とペアだったそうです。

そのことを後から聞いた時には、本当にごめんねという言葉しか出ませんでした。

困った顔が昔と同じ…

中学になると、子供も反抗期に入り、親と会話をすることがほとんどなくなりました。

一度、警察にお世話になったことがあります。

迎えに行くと、息子が困った顔をしていました。その顔は、小さい時の息子の困った顔と同じでした。

その顔を見た瞬間、何とも言えない愛おしさと申し訳なさが胸にこみ上げてきたことを覚えています。

いつも部屋でひとりだった息子。

子供は、きっと寂しい思いをしていたのだと思います。

やっとできた友達に誘われて遊びに行った時に、警察に補導されてしまいました。

私はその時、子供のために、何をしてあげていたのだろうか、ただ育てることしかできていない、教育もできていない、愛情も注ぐことができなかった、母親失格と感じました。

入社式の日にもらった一通のメール

そしてその子が、1年前、ついに社会人となりました。

いつの間にか、親が思っている以上にたくましく成長して、スーツ姿に感動しました。

そしてその入社式が終了した時、一通のメールを受け取りました。

そこは、「今度はお母さんを僕が養う番です。今までありがとう」と、書かれていました。

その文字は、見ているうちに霞んできました。携帯の画面に涙の雫が落ちて止まりませんでした。

そのメールは、今でも大切に保存にしています。

子供は、親よりもはるかに成長している ― そのことがわかっただけでも、子育てをして良かったと思っています。

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